中国のゴシック・ロック概説

概要

結論から言うと、ポストパンクは流行ってるし、ゴシック・ロックっぽいこと明らかにやっていそうなバンドもちらほらいる。例えば、日本語圏で中国のバンドをまとめたwiki「中国揺滾DATABASE」にて、ポストパンクにカテゴライズされたバンドが300以上、ゴシックにカテゴライズされたバンド(ゴシックとあるようにゴスっぽい音楽であってゴシック・ロックではない)が100以上ある。

ただし、中国におけるゴシックカルチャーがどのようなものか、今のところよくわかってないので、これらがどのように関係しているかは留保しておく。

なお、中国特有の問題として、漢字の字体が日本語と異なるなどがあるので、初出時のみ3字体併用する。

前置き―中国のゴスについて―

そもそも中国のゴスとはどのようなコミュニティなのか?

音楽における経緯をまとめる前に、上記質問を調べても全くわからなかったということを言い訳がましく書く。調査が進行すると段階的に書き改める予定だが、今のところはほぼ言い訳なので飛ばしても構わない。

中国固有の事情

まず、極めて面倒なのが、中国のインターネットがガラパゴス化しているという事情である。つまり、政治的な経緯もあり、Googleを筆頭にした欧米ビッグテックは中国からはほとんど排除されており、百度やWeiboなどの、かつてはBATHとも言われていた中国固有の企業が牛耳っているということである。このため、中国の現代文化事情は極めて調べづらい。

さらにもう一つ問題がある。日本流のゴシック&ロリィタ、というかロリィタファッションの流行である。ゴシック&ロリィタの近年の愛好家には言うまでもないことだが、日本で数多くの古参ブランドが消えつつある中、中国では近年の流行で様々な国産ブランドが花開くような状態になっている。

この辺は、日本語圏でも例えばHARAJUKU POP WEBなどである程度把握できると思う。

で、そこそこ文脈や文化的背景の違うゴシック圏とゴシック&ロリィタ圏が、日本と同様に共存している、というよりも後者の方がオタクがネットにふわっとした記述を残しがち。というのもあり、肝心の中国のゴス界隈の歴史的経緯にたどりづきづらい。

中国関係でいかに諸々が区別されていないか

これの最たる例が、2019年に起きた、広州で中国のゴシック&ロリィタ女性が鉄道で化粧を落とさないと排除されると警察から脅され、彼女がWeiboで告発したことで沸き起こったゴスやロリィタファッション愛好家たちの告発運動の際の各種報道である。

この時、BBCを筆頭に、「中国のゴスはなんか日本の漫画やライトノベルの影響で広まったらしいよ」というかなりふわっとした報道を各社が異口同音に行っていた。このことが、誰も調べてないし誰もまとめていない何よりの証左になっている。

というか、最大の問題として、日本や中国はゴシック&ロリィタはロリィタファッションの派生とみなしているが、欧米ではゴスのサブカルチャーとみなしているという、大きな認識の違いがある。つまり、ロリィタファッション着てる人間は、英語圏などで結構な頻度で勝手にゴスと扱われてしまうのである。

さらに言えば、肝心かなめの中国のゴシック文化圏の人々も、自国の歴史的経緯を全くまとめていない。

Wikipediaや百度百科どころか、個人の記事ですら日本などのWikipediaの記事をそのままコピペしたかのような、イギリスのゴス文化の説明や、日本のゴシック&ロリィタ文化の経緯の、あちこちが虫食い状態のものの記述にとどまる。

サンプルとして、以下に数点あげる

ただし、このことは逆説的に、ビジュアルイメージだけがまず着弾し、ちゃんと背景を(受け売りであっても)教えられる人間がインフルエンサーとして機能しているともいえる。

中国の該当文化圏でわかっていることのまとめ

コミュニティー自体はあるというのは確実であるらしい。また、Netflixドラマの『Wednesday』が2023年頃に普通に流行り、Doubanでスコアが8.0に到る、最近人気のアメリカドラマとなるに至り、中国でも解説記事などが書かれた。ただし、肝心の中国側の受容についてはコミュニティーがSNSなどで分散していてよくわからないこということで、ふわっとした記述である。

とりあえず、Googleや百度を頑張って調べて、見つけた情報をある程度まとめておく。

のだが、ゴシック&ロリィタはともかくゴスについての情報はほぼ皆無だった。

中国におけるゴシック&ロリィタ、ロリィタファッションは、2000年代以降の日本文化の受容、特に2004年の『下妻物語』の輸入頃から徐々に形成された。

2006年にClassical Puppetsがブランドとしてできるなど、2000年代から自国産のブランドが存在した。2007年以降上海で開催されている、日本のコミケットにあたるCOMICUPが、ある時期から中国のロリィタ愛好家の代表的なイベントとなったように、2000年代はオタク界隈から広まったようである。

しかし、2010年代前半創業のブランドが一般的には老舗扱いされているように、ロリィタファッションが中国で花開くのは2015年以降とされている。

2010年代には漢服、JK服(日本の女子高生制服風セーラー服)、ロリィタファッションが「三抗」としてまとめられ、各々大金のかかる趣味の服として併記されるようになったようだ。ただし、日本でも知られているように、高価な日本産よりも安価な中国産ブランドの充実が、中国で一般人でも気軽に着られるようになった経緯と思われる。

おおよそ2019年を境に、ロリィタファッション(ゴシック&ロリィタ含む)が、一般層にも広く認知されるようになったらしい。

なお、中国ではゴシック&ロリィタはロリィタの一部とみなされている。先ほども挙げたように、欧米圏ではロリィタファッションはゴスと勝手に扱われるが、ゴスとの相互交流のあった日本における成立史とも異なり、中国ではロリィタファッションはゴスとは無関係に単独で成立したともいえる。

中国でもまた、ロリィタファッションの愛好家は、日本と同様にお茶会などで親睦を深めている。

ただし、狭いコミュニティーであるがゆえに軋轢もあり、いわゆるスラング的な意味での「警察」なども問題と化している。

ある時期から中華風ロリィタファッションなるものも登場し始めた。これは中国でも受容される一方で、上記のファッション「警察」的な人々からはやや目の敵にされている傾向もあるらしい。

正直、今のところはこれしかわかっていない。上記の通り、中国ではゴシック&ロリィタは完全にロリィタファッションの一部として受容され、ゴスとは無関係と思われる。

ただ、百度などで記事を見ていった限り、「ゴシック&ロリィタではなくゴシックファッションをしたいのだがどうすればよいのか?」というある人物の質問にゴス文化圏の人々がかなり回答解説を書いている。よって、中国にはロリィタファッション愛好家とは別にゴスの人々もずっといたと思うのだが、今のところまだよくわかってない。

よって、ここまでの記述は、中国のゴス文化圏とは全く関係ないということで、本題に入る。

1990年代前半までの中国ロック

「中国揺滾DATABASE」の旧サイトの以下のページに、2000年代初頭までの年表があるので、古くなっている情報を適宜補いつつ、ざっくり中国ロック史を見ていく。

一応は共産主義陣営であった中国は、1980年代ごろから摇滚(yaogun)ムーブメントなどを通してようやくロック文化を受容した。その最大の原因が、1972年のニクソン訪中や日中共同声明など、1970年代の西側との融和政策への転換である。

この結果、紫羅蘭楽隊(紫罗兰乐队/紫羅蘭樂隊)によって1978年以降中国流行音楽の端緒となり、1980年前後に西側のコピーバンド的な存在だった万里馬王楽隊(万里马王乐队/萬里馬王樂隊)が活動を始めていた。一方で、ゴダイゴやアリスといった日本のバンドのライブが中国で相次ぐ。かくして、中国でバンド活動を始める若者が増えだした。

この分水嶺となったのが、不倒翁楽隊(不倒翁乐队/不倒翁樂隊)や七合板楽隊(七合板乐队/七合板樂隊)が結成された1984年である。このくらいになるとエレキギターなども用いられるようになり、西側音楽にますます傾倒していった。この七合板楽隊のボーカル・崔健が「全国第一届百名歌星演唱会」で歌唱したのが、中国ロックの幕開けとも言われている。

この崔健が各地でPARTYなどの合法・非合法のライブ活動を行う一方で、1986年にADO楽隊(ADO乐队/ADO樂隊)を結成。また同じ年には、沙棘芸術団(沙棘艺术团/沙棘藝術團)が結成され、翌年に黒豹楽隊(黑豹乐队/黑豹樂隊)と名前を変え、一大スターとなる。また、1987年には広州市で新空気(新空气/新空氣)が人気となり、中国南方にも西欧のポップス・ロックが広まる。雑誌『音像世界』の創刊や、学生の間でフォークミュージックが爆発的に人気になった西北風ブームも始まった。

1988年にメタルバンドの唐朝楽隊(唐朝乐队/唐朝樂隊)が、1989年に初めて海外会社と契約した呼吸楽隊(呼吸乐队/呼吸樂隊)が結成され、初のガールズバンドの眼鏡蛇楽隊(眼镜蛇乐队/眼鏡蛇樂隊)もこの頃に結成される。

ただし、1989年6月4日の天安門事件などもあって、1990年代にロック音楽は一度アンダーグラウンドに沈んだと英語圏で言われていた。しかし、実は若干時間差がある。

例えば、1990年2月には初の大型ロックフェスである「1990現代音楽演唱会」が北京で開催され、状態楽隊=宝貝兄弟楽隊(宝贝兄弟乐队/寶貝兄弟樂隊)、ADO楽隊、1989楽隊(1989乐队/1989樂隊)、眼鏡蛇楽隊、唐朝楽隊、呼吸楽隊という、1980年代を代表する大御所たちが参加した。

また、黒豹楽隊といった北京のバンドは、1989年、1990年の2年にわたって「深圳之春」と呼ばれる広東省深圳市への遠征を行う。後に続かなかったものの上海でも、「新開発 – ’90上海現代演唱組首展」と呼ばれる地域のバンドのフェスが行われる。

早い話、天安門事件の直後、逆に欧米大衆音楽を中国でやっていた人々が表舞台に上がってきたのである。なお、この頃の中国ロックのメインは、ハードロックやヘヴィメタル系統であったようだ。

1992年には中国でロックなどをまとめた本『世界揺滾楽大観』が出版され、中国で代表的なバンドのオムニバスアルバム『中国火』シリーズの第一弾が発売された。また、1993年には張有待がラジオ番組「新音楽雑誌」を北京で始める。つまり、このくらいの時期に、国内外のロック音楽へのアクセスがしやすくなったのである。

ただし、1993年には北京でのロックコンサートが事実上禁止になったらしい。規制こそされなかったものの、これまで北京を基盤としていた人々は各地や海外をめぐり、逆に中国ロックの伝播の時期になる。

この中で、1991年に黒豹楽隊を脱退した竇唯、報童楽隊(报童乐队/報童樂隊)をもともとやっていた何勇、毒刺楽隊(毒刺乐队/毒刺樂隊)をもともとやっていた張楚の3人のボーカルが、1994年に魔岩文化レーベルから曲を出し始めた。この3人が、北京で「魔岩三傑」と呼ばれるヒットメーカーとなったらしい。

で、このうち、最初に挙げた竇唯こそ、この記事で触れるべき存在としたい。

竇唯・王菲夫妻というエポックメーキング

先ほど挙げた竇唯のリリースした『黒夢』が、実は初期のゴスムーブメントの代表例として欧米圏では知られている。

竇唯 Dou Wei【黑色夢中 Black dream】Official Music Video

ただ、この『黒夢』に関しては、上記の通り1994年に北京ロック界を代表する存在へと竇唯を至らせたアルバムである。というか、超がつくほど暗いロックの曲が大ヒットしただけという話なのである。実際2ndアルバムの『艶陽天』以降は彼は普通に明るい曲を出していく。

なので、これをゴスのムーブメントと言うと、1990年代のヴィジュアル系バンドの有名どころを雑にゴス扱いするようなもんじゃない?とは思われる。

一方、当時の竇唯の妻の王菲(Final Fantasy VIIIの主題歌『Eyes on Me』を歌ったまさにあのフェイ・ウォン)も、『胡思亂想』(日本版は『恋のパズル(迷)』)以降しばらくCocteau Twinsと相互に交流があり、カバーどころか本家のバックボーカルなども務めていた。

王菲 -《娛樂場》

なので、妻の王菲の方はある程度欧米圏ともかかわりがあった。しかし、この夫妻を中国におけるゴシックカルチャーの端緒としてよいかというとかなり怪しい。よって、この程度で記述を終える。

2000年代初頭までの中国ロック

この後、中国ロックは徐々に冬の時代になったらしい。1995年の唐朝楽隊のベーシスト・張炬の事故死、1996年に何勇がコンサートで引き起こした「李素麗事件」による活動休止、1997年に指南針楽隊(指南针乐队/指南針樂隊)のボーカル・羅琦が麻薬中毒で逮捕、1990年代を通した音楽プロデューサー・青山のオムニバスアルバムの粗製乱造、といった具合に北京ロック界を揺るがす事件が複数起きている。

のだが、これはあくまでも北京に限った話である。例えば「1998音楽新勢力音楽会」を行った盤古楽隊(盘古乐队/盤古樂隊)、舌頭楽隊(舌头乐队/舌頭樂隊)といった、地方ロックへの注目が始まる。特に前者の盤古樂隊は北京のロック界への批判を繰り替えし、カウンタームーブメントの核となった。

なお、1998年くらいからパンクロックのムーブメントと「北京新声」と呼ばれる商業ロックのムーブメントが中国で始まり、1999年からはパンクブームが落ち着くと一気にハードコアパンクブームにいたる。ようやくロック=ハードロック/ヘヴィメタルの時代が終わりつつあったらしい。

2000年になるとようやく北京での規制も落ち着きだし、2002年のGRAYの江沢民総書記との対面などを経て中国にも視覚系(ビジュアル系)バンドが出現するなど、徐々にロックの幅が広まりつつあった。

初のゴスのバンド・木馬樂隊

複数サイトで、中国最初のゴスのバンドと称されるのが木馬楽隊(木马乐队/木馬樂隊)であり、この結成年が1998年である。ただし、彼らは1980年代的な音楽性ではなく、ドゥームメタルなど寄りの1990年代的なゴスのバンドである。

ただし、彼らはおそらくムーブメントに括れない存在だったと思われる。また、2006年にメンバーの分裂などで一度姿を消し、2016年に復活した際は、フォーク的な音楽性に変化していた。例えば下記の曲は2016年にフォーク調にアレンジされている(アレンジ後のものは中国外のサイトに公式であがってないので割愛)。

21世紀の中国ポストパンクムーブメント

1990年代~2000年代初頭にゴスに括られる人がいたことと、ロックバンド活動をするゴスの人々がいたことは事実であるようだ。しかし、これらのバンドはあくまでもゴスがロックをやったというものであって、西側世界の音楽ムーブメントなどをどの程度取り入れられていたのかは不明である。

しかし、中国でようやく若者たちが西側世界の音楽シーンに関する情報を手に入れられるようになったのは、インターネットの発達が原因である。

この結果、例えば、マイケル・ペティスが主導する、ポストパンクやニューウェーブ的な音楽を発信するMaybe Marsというレーベルが北京にできるなど、21世紀になってようやく西欧の大衆音楽を多くの一般人が普通に受容できるようになった。

ということで、中国は、ここ20年前後で、北京を中心としたインディーズシーンに、ポストパンクやニューウェーブ、シューゲイザーなどの1980年代UKロックみたいなアーティストが大量に出現している。

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Dear Eloise "Song For Her"
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また、英語圏ににじみ出てきた中国の情報を追った限り、P.K.14、FAZI、re-TROS、記號士 The Sign Of Human、Quarter Life、白皮書楽隊(白皮书乐队/白皮書樂隊)、大波浪楽隊(大波浪乐队/大波浪樂隊)、ROMO=如夢楽隊(如梦乐队/如夢樂隊)、群像楽隊(群像乐队/群像樂隊)、明天的塩楽隊(明天的盐乐队/明天的鹽樂隊)、智歯楽隊(智齿乐队/智齒樂隊)、Sonicave、梅卡徳尓楽隊(美卡德尔乐队/美卡德爾樂隊)、Withering Night、絶対純潔楽隊(绝对纯洁乐队/絕對純潔樂隊)などが、中国のゴスのバンドとみなされている。

P.K.14【滾滾紅塵 Red dust】歌詞版MV Lyric Video
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のだが、彼らにしたって、英語圏とかで勝手にポストパンク的なバンドがゴスの音楽とされているだけで、実態は不明。正直、中国のゴス層についても、最初に長々と書いた言い訳の通り。両者を結びつけていいのかどうかは留保したい。

参考文献

ウェブサイト

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