スペインのゴシック・ロック概説

Movidaの時代――独裁政権の崩壊直後という特殊な事情

スペインのゴシック・ロック、というかスペインのロック音楽史において、直前に一つ大きな事件が起きていたことが、他の国と異なる道を歩む大きなきっかけとなった。1975年にかの有名なフランシスコ・フランコが亡くなり、第二次世界大戦以前から続くフランコ政権が崩壊していたことである。

1978年の新憲法制定などに到るスペインの政治史上重要な事件であるこのできごとであるが、文化史においても、例えばマドリードでの「Movida madrileña」といった、いわゆるカウンターカルチャーが一気に花開くことになる。例えば、1980年のイバン・ズルエタのドラマ『Arrebato』に描かれるように、アンダーグラウンドシーンではドラッグカルチャ―の勃興と、パンクロックのムーブメントを招くのである。

ということで、長期独裁政権崩壊の混乱期に、イギリスなどに遅れる形で1978年頃にようやくスペイン、特にマドリードでもパンクロックが演奏され始めたと言われている。Almen T.N.TやLa Banda Trapera del Ríoがこの初期の例として知られるが、あくまでも初期の散発的な事例である。

La Banda Trapera Del Rio - Curriqui de Barrio

で、なぜ本来ポストパンクの文脈から生まれたゴシック・ロックに関する記事をパンクの話から始めたかと言うと、スペインのゴシック・ロックにとっては、その文化的土壌はむしろパンクロックにあたっているためである。

この辺の事情に関しては、スペインのパンクロックバンドたちはこの当時、抑圧からの解放でまさに「叫ぶために叫ぶ」状態にあり、1980年前後に全盛期となった。つまり、民主化の中で、打破すべき相手は既にいなかったのだが、これまでの不満をようやく発散できたというわけである。

by 1980, Spanish punkers came swinging harder than ever, screaming not for the sake of inducing change, but screaming for the sake of screaming – because now they could.

『A DARK RAPTURE: THE RISE OF PUNK IN SPAIN』

さらに、彼らが手本とする音楽は過去の英米のパンクロックバンドではなく、同時代のハードコアパンクやポストパンク、ゴシック・ロックなどにあたったからである。

なお、ゴシック・ロック史という記述から、同時期におけるスペインのロックで重要な位置づけにあたる、バスク地方の「rock radical vasco」については特に記述しない。

スペインの初期のゴシック・ロック

ということで、この「Movida」の時代における、ゴシック・ロックの最たる例こそ、1981年~1983年という短い活動期間ながら、伝説的な扱いをされている、Parálisis Permanenteである。シンガーであるエドゥアルド・ベナベンテのあっけない死であっけなくキャリアを終えたこのバンドは、下記のように音楽的には正直前世代的なパンクである。しかし、この楽曲のPVとは、このリーダーが血まみれの浴槽の中で手首を切るものであり、完全にゴシック的なパフォーマンスを視覚的に行っていた。

また、1970年代結成組で、同じくエポックメーキング的な存在としてAlaska y Los Pegamoidesがいる。

なお、このムーブメントの中で世界レベルまでに至った存在として、Gabinete Caligariがいる。

Gabinete Caligari - La culpa fue del cha cha cha (Videoclip Oficial)

当然他地域にもこの運動は広まった。例えば、マドリードのPolansky y El Ardorなどが有名な例である。

Polansky y El Ardor - Ataque Preventivo de la URSS (Audio)

スペインの「Movida」の時代のパンクロックシーンは、以後Kaka de Luxeのようなニューウェーブ系、Vulpes、Desechablesのようなフィメールパンクロックなどを生みながら、1985年に下火になって行った。

Me gusta ser una zorra
Desechables - La Maqueta (Full Album / Álbum completo)

よって、時代としてはあまりにも短く、アルバムなどレコードを出せたようなバンドも、かなり上澄みである。正直言って、自主録音のカセットテープなどが主な流通であり、実はこの初期のパンクロックムーブメントの一環で誕生したゴシック・ロックバンドはかなり歴史の闇に消えている。

とはいえ、それでも追える限り追っていく。というか、2014年に『Sombras: Spanish Post Punk + Dark Pop 1981-1986』というコンピレーションアルバムが出ているので、どんなバンドがいたか自体は割と簡単に引っかかる。

例えばマドリードには、当然このムーブメントの中心地なので他にも有象無象のバンドがいた。Los Monaguillosh、Alphaville(検索して見つかる、大体似たような時代のドイツの超人気バンドとは当然別)、Derribos Aria、El Último Eslabón(後にSangre Cristiana)、Décima Víctima(スウェーデン人との混成)、Agrimensor K、Beirut la Noche、Los Seres Vacios、Los Coyotes(discogsやRYMですら区別されていないが、スペインのポップグループとは別)、La Fundación、Los Iniciadosなどである。

Todo pensado (Para no durar)

ナバラにはNeon Provos、バルセロナにはClaustrofobia(検索して見つかるブラジルのバンドとは別)、Ultratruita、Donación Agnelli、Flácidos Lunes、Aviador Dro、アンダルシアにはCámara、ビルバオにはLavabos Iturriaga、ラ・ヴァイ・ドゥイショーにはQuebrada、バレンシアにはInhibidos Quizás?、Carmina Buranaがおり、他の地域にいる事例はある。のだが、どうしても引っかかる資料がマドリード中心主義的な記述ばかりだったりするので、この程度しか触れられない。

また、この一方でやはりニューウェーブの時代なので、ダーク・ウェーブっぽい人たちも見つかる。例えばマドリードのAviador Dro、Lunes de Hierro、V2 Berlín、Pasajeros、Satí de Crem、エイバルのJugos de Otros、カスティーリャのQloaqa Letal、バルセロナのNew Buildings、Dios、バレンシアのCeremonia、パルマのFurnish Timeなどである。

Ellos (2016 versión remasterizada)

ただし、1980年代中ごろから、ふわっと音楽的には次の時代に移っていく。よって、パンクロックやそれに近しい音楽性のバンドは、急速に旧世代となって行った。

「Grabaciones Goticas」の時代――ゴシック像の確立

一方で、1988年に、スペインで「Grabaciones Goticas」と呼ばれるレーベルが設立された。この時期頃、一言で言うと、既に明確に、パンクではなくゴスとしてスペインのゴシック・ロックも活動を始めていた。

このレーベルの功績とは、一言で言うと、前の世代のカセットテープでしか知るすべがなかったようなバンドたちの音源をまとめ、コンピレーションアルバムにしたことである。また、直近のバンドもトリビュートアルバムなどでまとめ、一種のゴスにとってのマザーシップとなっていった。

こうして、同レーベルの『Spanish Gothic Bands』シリーズで、スペインでもゴシックな音楽とはどういうものかというイメージができてきた。

例えば、この「Grabaciones Goticas」が取り上げた、この時期の代表的なバンドとしては、カタルーニャのOtras Voces、La 5ª Civilización、Los Humillados、S. Volcano & La Pasión、アラゴンのバスクのLa Casa Usher、マドリードのAncient Tales、バルセロナのMessiah of Pain、Acces Codeなどがいる。

ただし、「Grabaciones Goticas」などで発信され、この時期のスペインを代表するゴスのバンドとして、Gothic Sexがいる。しかし、この音楽性はどう聴いてもハードロック系統であり、いわゆる商業ゴスである。

よって、狭義のゴシック・ロック愛好家には苦い顔をされるのだが、スペインのゴシック音楽界隈も、アメリカほどではないが、似たような状態にあったともいえる。La Guillotinaといった完全な第2波ゴシック・ロック的な音楽性のバンドもいたのだが、その実態はないまぜにされた曖昧模糊としたシーンだったともいえる。

また、この「Grabaciones Goticas」しかおそらく国外では知られていない関係で、かなりごそっと非スペイン圏では、当時のゴシック・ロックのムーブメントが捨象されていたりする。例えば、Las Novias、Remembrance、Los Paralitikosあたりの、「Grabaciones Goticas」とは無関係の1990年代のバンドが抜けがちなので注意である。

ただし、こんなスペインでも、他と同様に1990年代半ばからしぼみ始めた。Extremauncionなどの例外はいたものの、この時期は「Grabaciones Goticas」ですらレーベルとしての活動を停止させていたのである。

最近

21世紀初頭頃には、La Peste Negraなどが細々といたが、やはりこの時期特有のゴスだからと言って別にゴシック・ロック聴くわけではないのが、顕著にみられる。

例えば、この時期の代表格であるLos Carniceros del Norteは、ホラーパンクともポストパンクともデスロックとも言えないよくわからない音楽性である。

LOS CARNICEROS DEL NORTE Las tres caras del Miedo.

ただし、「Grabaciones Goticas」は2000年代末に復活した。よって「Grabaciones Goticas」系のバンドたちは2000年代末くらいから再びプロモーションされるようになる。

また、結局のところどの地域も同じなのだが、ネットの発展によって、インターネットでのマーケティングと、全世界的なリバイバルが起きた。チャリー・アッシャーのバンド活動であるTxarly Usher y los Ejemplaresや、Belgrado、Sectらの名前が挙げられたり、前述したスペインのゴスのカリスマにあたる、Parálisis Permanenteの復活(リーダー自体は1983年に故人なのだが)などが相次いでいる。

Belgrado - Jeszcze Raz (Videoclip)

もっと最近の若手だとMalefixio、Vacío Negro、Mon a la Cova、My Own Burialなどがいる。

Malefixio - La Sombra (Official Video) Deathrock Goth Darkwave
CREC-CRIC-CREC (Mon a la Cova)
VACIO NEGRO - ISOLATION
My Own Burial - Stairs (Videoclip)

参考文献

ウェブサイト

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