エミリィとベールイの破局と、イヴァン・イリインとの出会い
ベールイとの対立の始まり
ここで、ベールイは、ツルゲーネワとエミリィで一つの家族関係になることを望んでいた手紙を送ったことが、余計事態を悪化させます。

私たち結婚します

エミリィも一緒に家族になろう

はあ?
さらに、ニコライもまた、あっけなくモスクワ音楽院の教授職を投げ出したことで、いら立っていました。

さすがに12人も面倒見切れないよ!
生活に支障が出たし、もっと人数絞ってくれないと

去年就任したポストをもう!?
この結果、エミリィはベールイがツルゲーネワとイタリアの新婚旅行の資金源のために出す旅行記に興味を持てませんでした。ただでさえ、ベールイはエミリィを専制君主のようにふるまっているとみなし始めたところに、エミリィはベールイとツルゲーネワの結婚を裏切りなどと述べだし、旅行記の前払い金を盛大に無視したのです。

新婚旅行で旅行記を書くから、
前払いで旅行資金出してください

やだ
おまけに、ベールイは宗教哲学教会で、エミリィという師匠越えをするかのような、ドストエフスキーの講演会を12月に開きます。結局のところ、ベールイは自身の成長によって、彼のコントロールから離れる試みをし始めたのです。

ドイツドイツと言ってきたが、
やはりドストエフスキーはゲーテなんかよりも素晴らしい存在だと思います

え?
ムサゲートの明暗
一方で、この頃ベールイとブロークは和解しました。この結果エミリィはブロークとも知り合うことになります。

そういえば、
昔ニジニーノヴゴロドでデビュー作の検閲をもみ消してもらった恩が……

もういいから、昔のことは
ということで、エミリィは、ベールイだけではなくヴァチェスラフ・イヴァノフやブロークらともムサゲートの活動を整え始め、本人的には一種の絶頂期でした。
一方で、ベールイが新婚旅行に向かったのとほぼ同時期に、エミリィ、アンナ、ニコライは実家を追いされました。1911年1月に、モスクワ近郊のコンスタンチン・ヴィクトロヴィチ・オシポフの領地に家を借りると、ここで暮らし始めます。

広々としてるが、流石に田舎だな……

いいじゃないか。
星を眺めるのが、たまのぜいたくくらいが身の丈に合っているよ
一方、旅行に行ったベールイは、前払い金の分割をすぐに批判しだしました。その応酬でエミリィとベールイは口論をエスカレートさせ、この流れでベールイはムサゲートからモロゾワの道標に近づき始めます。

前払いを分割払いするのはおかしくないか?
もうエミリィとではなく、モロゾワと一緒にやっていった方が良い気がする

何!

「真のヨーロッパ」が西側にあるなんてまやかしさ。
それはこのロシアの中にあるんだ
もうすでに、ベールイはエミリィを、さながらミノタウロスであるかのように恐れていました。

あれはもうミノタウロスだよ!
自分のテリトリーに入ってきた人間を、見境なく襲うんだ!
一方、ムサゲートではエリスやペトロフスキーといった、神智学に傾き始めた人々も現れ始めていました。

神智学、いいよね

いい……
ついに、ベールイは、自分に支払う前払い金をムサゲートに負わせたエミリィを侮辱します。秋の初めに旅行記を投稿したものの、ベールイはモスクワから逃げ出し、田舎の別荘に籠りました。

もうあんなエミリィのいるムサゲートでなんて働けない!
『モダニズムと音楽』への取り組み
この頃、エミリィもまたいつものようにアンナ、ニコライとピルニッツに行きました。ここで、エミリィはヘドヴィヒとの結婚も考えていたものの、離婚が困難であったことと、アンナ自身はまだエミリィを切れず反対していたことから、特に進展はありませんでした。
エミリィは、翌1912年の『モダニズムと音楽』出版に向けて、下準備を始めました。この著書に掲載された論考には、ユダヤ人であるにも関わらず反ユダヤ主義に与したオットー・ヴァイニンガーの影響もみられます。

とはいえ、そもそもすぐに自殺した私の思想は、
どの分野での引用でもほぼ我田引水な気はしますがね
しかし、この背景には、ニコライのような音楽がベルリンなどで受け入れられず、ロシアでもヤッシャ・ハイフェッツのような名人芸がもてはやされたいたことが大きいと思われます。

この頃まだ10になるかならないかくらいなので、
神童として褒められてたくらいですがね
ここで、エミリィは、こうしたモダン音楽を女性的と断じたり、フランツ・リストをハンガリー人なんて大体ジプシーでユダヤ人みたいなもんだろと言ったりと、人権的に相当問題のあることも言っています。ただし、この時代にはこうした物言いはまだそれほど問題視されていませんでした。
こうしたメトネルの攻撃性は、エリスやサバシニコワが神智学の信者になったことで、ムサゲートが仏教とキリスト教の両方に根差した秘境的教義に囲まれたことで余計煽られていきます。

神智学なんて、あんなブッダなんかとのチャンポンを信じるなんて……

でも、これからの世界こういう考えが「夜明けの光」になるのかもしれない

一緒に向かいませんか?
やがて年末になると、エミリィは燃え尽きて、年始にヘドヴィヒ・フリードリヒとともに旅行に向かいます。一方で、この頃からベールイが書き始めたのが、かの有名な小説『ペテルブルク』です。この背景にはエミリィとの対立が大きく影響しており、この小説での父と子の対立はエミリィとベールイの鏡像とする話がありますが、ここでは触れません。
とは言え、この状況でムサゲートの雑誌「仕事と日々」が刊行され始めました。しかし、エミリィはもはやベールイを、寄稿は要求するだけでした。エミリィは、自分のせいでベールイの小説出版を困難にさせていることにはまったくの無関心でした。
シャギニャンとの出会い
ここで、マリエッタ・シャギニャンとエミリィが出会います。シャギニャンはラフマニノフの論文を投稿しにきたまま、エミリィに惹かれてしまったようです。彼女はメレシュコフスキーとギッピウスの三角関係から足を洗ったばかりであり、その代用品としてかの有名なラフマニノフの支援に向かったとも言われています。

ここがメトネル派の拠点なのは知っているが
不当に評価されていないラフマニノフさんを擁護させてほしい

向いている方向は違うが、
根っこは同じそうだしまあいいか……
しかし、シャギニャンはユダヤ人でこそなかったものの、アルメニア系なのでエミリィにとっては大体同じ小アジアの人間でした。さらに、ラフマニノフまでほめたたえたので、エミリィは専制的にふるまったようです。
格上のシュタイナー
この傍らで、ベールイとツルゲーネワはブリュッセルに住み始めます。さらに、ケルンでシュタイナーの講演会に加わり、このことがエミリィからの攻撃への反撃に使われました。

我々はもうシュタイナー先生と行動を共にしている

なんだって!?
エミリィがやたらとシュタイナーを敵視していたのは、自分の上位互換だと思っていたシュタイナーが、自分からベールイを奪おうとすることに脅威を抱き始めたとも言われています。
エミリィはいつものメンバーとワイマールに向かうと、神智学にのめりこむベールイに同じように落ち込んでいたブロークの反応を見て落ち着き始めました。

ベールイとようやく仲直りできたのに、
どうしてこんなことに……

まあ落ち着きなさい
ベールイがシュタイナーの拠点で修業し始める一方、8月にエミリィ・アンナ・ニコライ・ヘドヴィヒはバイロイト音楽祭に向かいました。

バイロイト音楽祭でも見て楽しもうじゃないか

ここがあのワーグナーのメッカの……

今は遺族の我々が管理しています
しかし、結局ベールイは「仕事と日々」の共同責任編集の座は蹴ります。こうして、ムサゲートの「仕事と日々」は、当初の理想と異なり不定期刊行の雑誌になっていきました。

記事は投稿するけど、
もうムサゲートに本腰を入れて関わりたくないんだ

これじゃあ全部台無しじゃないか!
シュタイナーへの抵抗
ベールイに対するシュタイナーのような存在が、シャギニャンにとってはエミリィだったようです。このため、エミリィはシャギニャンをドイツ化することで、ベールイへの一種の復讐心を晴らしたとも言われています。

~というわけで、
ニーチェはワーグナーの音楽をそう語ったのだよ

スケジュール管理もきっちりしているし、
自分もこの人みたいにならないと……
この延長線上で、シャギニャンはラフマニノフとの文通の傍ら、ニコライを理想化するようになります。彼をラフマニノフと出会わせることでラフマニノフを救う願望を持ち始めたのである。

ラフマニノフさんの心強い味方になるかもしれない……

実は、メトネルくんがピアノソナタ第1番を作ってる頃に、
会ってはいるんだよね。
そもそも出版社の話もこっちから持ち掛けてるし……
一方で、エミリィはシュタイナーへの対抗のために、「仕事と日々」誌でワーグナーの解説を始めます。つまり、ワーグナーが再発見した神話を解説することで、アジアの仏陀などに感化された神智学者らを批判しようとしたのです。

あんなブッダなんかに感化されなくても、
我々西洋人にはワーグナー的な神話世界があるじゃないか!
しかし、ベールイはアフォリズム的にニーチェやワーグナーを織り交ぜ、カントを揶揄する投稿を出し、エミリィを不快にさせます。

西洋の近代的価値観なんて、
本当にいいもんなのかな?
エミリィはここでようやく『モダニズムと音楽』をまとめ上げます。ところが、期待して送ったラフマニノフの反応は期待外れであり、ラフマニノフはシャギニャンにエミリィをメフィストフェレスとこっそり伝えていました。

アーリア人の末裔であるウチの弟みたいな音楽が理想なの

よくわからないな……
そのうえ、12月になると、ブロークもヴァチェスラフ・イヴァノフも、「仕事と日々」から手を引きました。

もう我々も足抜けしよう

期待したような魅力は無いようだ

なんだって!?
この時期唯一エミリィを喜ばせたのは、ニコライがグリンカ賞を受賞したことくらいでした。

グリンカ賞を取ったよ兄さん

よかったなあ……
ベールイの再始動
エレナ・ブラヴァツキー死後のお家騒動で、シュタイナーは神智学協会から人智学協会として独立しました。

このくだりは長くなるので飛ばします

まあ、完全に別団体として分離したと考えてください
この段階でもベールイは、あくまでもシュタイナーとの結びつきは個人的であるとエミリィを説得させようとしていました。要するに彼はサナトリウムかオカルト拠点かの二択を選んだ程度であり、シュタイナーはあくまでも精神科医であるとしているのです。

シュタイナー先生に従ってるとはいえ、
あなたと完全に断行したいわけではないのです

本当にか?
ここで、ベールイは縁戚であるセルゲイ・ソロヴィヨフがエミリィへの後押しになると考えていました。このソロヴィヨフが、精神を病んだ後ベールイの後を追い、ツルゲーネワの妹のタチアナと結婚して、イタリアでサバシニコワに紹介されてシュタイナーに近づこうとしていたためです。

何度か名前が出てきた「ソフィア」論を唱えた哲学者の甥です。
ベールイ、ブロークの親戚です
ただし、ベールイの新しい小説である『ペテルブルク』出版の交渉を、ベールイにリーダーシップを残したいエミリィがまだ担わされていました。

内容は全く知らないのだけども、
ベールイの新作を発表するいい雑誌はないでしょうか?

ペテルブルクにちょうどいい雑誌があるから、
紹介するよ
エミリィが1913年2月にブロークのもとを訪れたまさにその日に、ベルリンでベールイやツルゲーネワも加わった人智学協会の設立が行われました。
おまけに、シュタイナーの下で修行を終えたことに加え、ベールイはエミリィへの新婚旅行時の借金を返せるようになったようです。

もうエミリィ無しでも独り立ちできるのかもしれない……
ソロヴィヨフがベールイとようやく会った際、エミリィの様子を心配していたように、エミリィはゲーテの論考集出版に取りつかれるほど、次第に精神的にやられていました。

もうあいつはだめかもしれない

そうか……
イヴァン・イリインとの出会い
ここで、エミリィとニコライは、1913年春のモロゾワの家でのリサイタルで、イヴァン・イリインと出会います。母方がドイツ系で、断行した父方がロシア貴族の家系というイリインは、ある種エミリィと似たようなドイツをアイデンティティに持った身であり、ヘーゲル研究などで名をはせていました。

彼が先日ロシアに戻ってきたイヴァン・イリインです

どうも

どうも

どうも
ここで重要なのは、イリインが精神分析の源流とも言うべき、ジークムント・フロイトの著作を原書で読めるような人間だったことでした。

かの有名なフロイトです。
まだ、徐々に私の考えが広まりつつあった頃ですね

私がフロイトの患者であることは、
そこそこ有名なエピソードですね
エミリィとイリインは、エミリィがヘーゲル的な考えで知覚していることを論点に、論争を行いました。ただし、イリインはエミリィをリスペクトし、挑発なども行わなかった結果、両者は敵対しませんでした。

あなたはカント、ゲーテと言っているが、
本当はヘーゲルの方がよっぽど親しみやすい思想家なのでは?

なんだって!?
一方、ここでニコライとラフマニノフが本格的に知り合います。アンナとニコライが、エミリィとは別にヨーロッパ旅行している間でした。しかし、エミリィはラフマニノフのロシア性への影響をおびえていました。

ラフマニノフ先輩とは今後仲良くなれるかもしれない……

これが本当に弟のためになるのだろうか……
5月にイリインとエミリィは再び家で衝突します。ただし、これはエミリィのエゴイスティックを本人に気づかせるきっかけとなりました。

あなたは結構なエゴイストなのでは?

なんだって!?
エミリィとシャギニャン
一方で、エミリィとシャギニャンの関係は続いていました。エミリィは「性」などを手紙でタブーにするように宣言したため、書簡にも全くそれらしきものが残っていません。ただし、エミリィとシャギニャンが”そういう”関係かそれに近かったことは、エミリィの手紙での呼びかけ方からうっすらうかがえます。

とはいえ、あくまでも証拠はないので、
事実として断言できるのは仲が良かったことまでですね
イリインとシャギニャンとの交流で、感銘を受けたエミリィは、やっとゲーテの論考に着手し始めました。つまり、ゲーテはロシアにとっての「医者」になるという主張がようやくまとまったのです。

今の自分にとっても、今のロシアにとっても、
ゲーテはきっと救いになるはずなんだ……
この間、ベールイとツルゲーネワが人智学にのめりこむ一方、エリスがシュタイナーから足抜けをし始めました。

こんな人智学協会の思想よりも、
中世神秘主義の方が良いのでは……?