新たな舞台
フロイトとの出会い
エミリィは例のごとく7月にピルニッツのヘドヴィヒ・フリードリヒのところに行きます。ここで、エミール・ジャック=ダルクローズの舞踏学校で、規律ある集団組織の夢を再度抱き始めました。
本筋と関係ないので、
リトミック運動についての説明は省きます
さらにエミリィは、この経験を伝え、思い切ってフロイトを教えてほしいと手紙でイリインに相談しました。ここで、イリインが、フロイトの同僚ではなくフロイト本人に会わなければならないとしたのが、すべての始まりとなります。
恥ずかしながら、
一度フロイトに診てもらった方がいいのかもしれない……
ご本人に会うのが一番の近道ですよ
この時期、エミリィはある悪夢を見ます。
二人の姉妹が針仕事をしている
ある日、虐げられていた妹が姉を殺した!
でも、本当は妹なんて初めから存在せず、
姉だと自分を思い込んでいた女が自分を自分で殺したのか……
エミリィは、シャギニャンにこの夢の内容を知らせたように、ベールイ、シャギニャン、ニコライと関係があると思っていました。こんな夢を記録したというのは、すでに入手していたエドゥアルド・ヒッチュマンの本などを通じて夢解釈などの考えに接してもいたからだとされます。
こういうのをちゃんと診てもらうために、
精神分析に行く必要があるのかもしれないな……
また、エミリィはイリインとの手紙で、未だにゲーテの本を作れない原因の倦怠感と、エリスが反シュタイナーに鞍替えした喜びを伝えています。
エリスが足を洗ったのは嬉しいけど、
疲れすぎてゲーテの本が最後まで進められないんだ……
一方、エミリィのもとをシャギニャンが訪れ、ドレスデンでエミリィとベールイは一度和解したようです。しかし、詳細はよくわかりません。
ただし、エミリィはあくまでも一時の気休めで、最悪の事態を不安がる手紙をアンナに送っていました。
きっともうすぐベールイとの破局が迫っているのだろうな
ここで、ロシアに戻る途中、フロイトにようやく出会いました。フロイトは、エミリィとシャギニャンの耳の苦しみは治すことができるとし、次の機会にまた来るよう求めます。
君の苦しみはきっと治せるよ
また次にこっちに来ることがあれば、ぜひ来なさい
じゃあ、「1914年」までお預けかあ……
この頃から、エミリィは菜食主義にのめりこんでいきます。
あれだけシュタイナーのことが憎いと思っているのに、
これじゃあまるで人智学協会の人間みたいだな……
ベールイとシュタイナー
ベールイはシュタイナーの講演会中、自分が神の母に代わったと感じ、完全にシュタイナーに身をゆだねようと決心しました。
これでようやく「ソフィア」にたどり着けたのかもしれない……
しかし、エリスが反シュタイナーのパンフレットを出すと聞き、シュタイナーの元側近の彼に資料を暴露されるのではないかとおびえました。このため、ベールイはエミリィに中止の依頼を送ります。
後生だから、
あんなエリスなんて変節漢のアジテーションを載せないでくれよ?
もう、ムサゲートはだめかもしれないなあ……
もう権力抗争に明け暮れるのはやめましょうよ。
あなたの好きなゲーテも、無私の愛を説いているじゃないですか
しかし、エリスのパンフレットはベールイにゆだねるとした決定の後、ドイツのベールイからはムサゲートを辞職する宣言が届きました。
ムサゲートをもうやめたいだって!?
もうこんなことに巻き添えになるのはまっぴらだ!
おまけに、ここでようやくエミリィは『ペテルブルク』の序盤を読むことになり、その内容に驚愕しました。
なんだこのオカルトまみれの小説は!?
しかもこの敵役、
まるでこの私みたいじゃないか!?
ヴァチェスラフ・イヴァノフは新しい『ツァラトゥストラ』を書くようエミリィを励ましたものの、エミリィはショックのさなかにありました。チェンバレンの著書により一層感化された一方で、ベールイの裏切りの回顧録を作ろうとしています。
この状況で初めて対面したのが、ラフマニノフでした。このため、エミリィは完全にこの対面の最中上の空でした。
お招きいただき光栄です
ラフマニノフ先輩は、
ショーペンハウエルやニーチェはお読みですか?
……
エミリィとラフマニノフ
エミリィとニコライ・アンナは諸事情でモスクワに部屋を借りて市内に戻ってきます。しかし、エミリィの偽メニエール病はますますひどくなりました。このとき、エミリィはホメオパシー医学に身を任せます。
この状況で起きたのが、ラフマニノフの『鐘』の披露でした。
エミリィは、リハーサルにわざと遅れてきたうえに、この曲を攻撃していきます。この結果、シャギニャンは自分がエミリィのある種奴隷であったと自覚しました。
ラフマニノフなんてうわべが美しいだけの作品じゃないか
顔見知りとはいえ許せぬ
3月中旬に、イリインはドストエフスキーはゲーテ以上であると再びエミリィに挑戦してきます。要するに、ゲーテなんかで本を書く必要はないとしたのです。
ゲーテゲーテと言いますけど、
ドイツ語なんてあんな変な音の集まりの劣った言語じゃないですか?
なんだって!?
他の人間に言われるのならともかく、君だってドイツ系じゃないか!?
今のは完全にわざと挑発したんですよ。
申し訳ない
ゲーテについての著作の完成
このタイミングで、ようやくエミリィはゲーテについての論文集を完成させました。エミリィは学問的な体裁を整える努力はしたものの、ベールイや自分をシュタイナーから守るために、シュタイナーをユダヤ人呼ばわりしたうえに、彼のゲーテ論を矮小化させて何とか論破しようとするような、かなり主観的な論でした。
シュタイナーなんてあんな胡乱なやつに、
偉大なゲーテが語れるわけがないんだよ
とはいえ、エミリィはようやく長年の目標を達成し、日記には霧の中にいるような気分と書き、シャギニャンには自殺するとさえ脅しました。とはいえ特に死ぬこともなく、自分の人生の悲劇をすべてシャギニャンに負わせ、スクリャービンやストラヴィンスキーに腹立たしさを感じる日々を過ごしていきます。
全部君のせいだ……
正直もう、生きてても仕方ないのかもしれない
何とか力になりたいが……
このタイミングで、ベールイの『ペテルブルク』の連載が完結します。エミリィは、これは小説というよりも、ベールイの自伝だとあちこちで強調し、自身に対し文字通り人生のすべてを終わらせる必要性を決心したようです。
シャギニャンもまた、そうしたエミリィの姿を見て、1913年の「仕事と日々」に終末を求めるヴォータンの論考を載せました。ちなみに、この後「仕事と日々」は毎年1回しかもう出さないと宣言しますが、これすらまともに守られることはないほど、ムサゲートの活動は停滞していきました。
一回、全部ちゃんとケリをつけた方がいいのかもしれない……
精神分析を受ける決意
1913年5月にイリイン夫妻がフロイトに会いに訪独するというので、見送りに行きます。そこでイリインの妻であるナタリア・イリインに、面と向かって「自己愛主義者」と言われてしまいます。
あなたは、自分のことが好きで好きでしょうがないのかもしれませんね
なんて女だ。
あんな、ヘーゲルやフッサールの使徒なんかに……
やがてイリインから、精神分析をするように促すアドバイスの手紙が届きます。そこで軽くユングがフロイトから離反したことも触れられていました。
やはり、フロイトに受診した方がいいですよ。
そういえば、スイスに新しい精神分析の一派もできたらしいですな
こんなドストエフスキー作品の登場人物みたいな状況なんだし、
素直にこれに従うべきなのかもしれないなあ……
「終末」が明けたと自覚したエミリィは、まずベールイに人智学協会から逃げ出すよう電報を送ります。なお、この頃ベールイはツルゲーネワと結婚していたものの、禁欲主義に打ち込んでいた彼女は当然性的関係を拒絶。結果として、彼女の姉のナタリア・ポッツォに惹かれていたようです。
どうせなら、きちんと信仰に従った生活をしましょう……
なんてこった。
義姉さんの方が良かったのかもしれないなあ……
アンナ・ツルゲーネワの姉です
エミリィは、相変わらず精神分析への嫌悪感と必要性に葛藤していました。このため、イリインには、ゲーテですらただ自殺から遠ざけたくらいの救いにしかならなかった告白と、あまりにも遅すぎた治療による本能の解放への恐怖心を打ち明ける返答で済ませています。
確かに精神分析は良い影響をもたらすかもしれない……
だが、怖いんだ。もうあまりにもそのチャンスをものにするには遅すぎるのだろうから……
エミリィ……
ところが、せっかく完成したゲーテに関する著書の発売は遅れに遅れていました。印刷会社のストライキのためです。
ヴァチェスラフ・イヴァノフやウラジーミル・エルンとの会話で、この国ではだれもゲーテを知らないことを思い知らされたエミリィは、出版に片が付くまでと、いったん夏まで待つ決意をします。
とりあえず、フロイトには会いに行こう。
だが、それは全部片がついてからだ
ロシアからの旅立ち
イリインから新しい手紙が来たまさにその日に、サラエボ事件が起きました。
ハプスブルク家死すべし!
ぐわっ、ゾフィー……
エミリィは急ぎピルニッツを訪れることにし、アンナやニコライとクリミアで会った後、オーストリアに到着します。
今を逃すと大変なことになるかもしれない。
とりあえず、さっさと行ってしまおう
エミリィは、この時点ではせいぜい6週間程度治療を終えた後、ウィーンに残りヘーゲルに関する論文を書いてしまおうというくらいのつもりでした。
しかし、フロイトらは休暇に出ており、「狼男」など「原型的トラウマ」で忙しい彼にではなく、劣等感に注目していたアドラーにとりあえず会おうと考えます。
とりあえず秋まで待つが、フロイトよりもアドラーの方がいいかもしれないな……
あのアドラーです
そこで、夏はいつものようにピルニッツのヘドヴィヒ・フリードリヒのところで時間をつぶし、秋になったら精神分析を受けにウィーンに戻る程度のつもりでした。
一方、この頃、シャギニャンもまたドイツを訪れています。旅行記を書くためです。彼女もドイツの文化的な名所、特にゲーテの生家などを訪れて、エミリィの影響下にまだあるようでした。
まだ、エミリィの足跡をたどってしまっている気がする……
しかし、ついにドイツとロシアが戦争を始めます。第一次世界大戦の開始です。