ニコライ・メトネルの資料

前提

ニコライ・メトネルという人物に関連する一次資料は、以下の2つの経緯で世界各国に散らばっている。

  1. 亡命によって、ニコライ・メトネルがロシア→ドイツ→フランス→イギリスに順次所在を移し、アメリカやカナダにも友人がいたため
  2. アンナ・メトネルがニコライ・メトネルの死後ソヴィエト連邦に戻り、保有していた資料を帰国前の西側と帰国後の東側に分割してしまったため

髙久暁(2013)、Karpeyev(2014)という全く同時期におそらく無関係に、1997年に大英図書館に寄贈されたメトネルの弟子であるエドナ・アイルズの資料群を用いたメトネルの演奏・指導面に関する調査報告論文が発表されているが(本当に関係ないのかは不明)、そこでメトネルに関する史料群と上記経緯が先行研究に甚大な影響を与えたことが整理されている。

よって、この2つの論文を参考に、メトネルに関する資料とそれがメトネルの伝記にどのような影響を与えたかについてまとめる。

メトネルに関する資料群

  1. グリンカ記念国立音楽文化博物館所蔵「メトネル文庫」

    アンナ・メトネルがソヴィエト連邦に持ち帰った一次資料であり、日記資料などのニコライ・メトネルの著述が300点ほど、3,356点の手紙、モスクワ音楽院時代の記録、コンサートプログラムなど様々な資料群が存在する。
    この資料を活字化したものこそApetyan(1973)の手紙集だが、これは400点ほどの抜粋であり、実はロシア以外の人間がアクセスできるメトネルの資料は1割程度ということが如実にわかる
    ただし、髙久暁によると、資料を整理してカードを作成した館員の資質が劣悪だったのか同じ整理番号が複数の異なる資料につけられるレベルで調査も難しく、見つからないものもあったとのことなので、今どうなっているかはよくわかっていない
  2. 大英図書館「エドナ・アイルズ・メトネル・コレクション」

    メトネルの晩年に弟子となったエドナ・アイルズの遺した資料群
    メトネルのアーカイブとしては2番目に大きいものであり、1997年になって寄贈されたことから、後述の通りメトネルの各伝記に微妙に影響している
  3. アメリカ議会図書館「ニコライ・メトネル・コレクション」

    アンナ・メトネルが帰国前に西側に残した資料群
    髙久暁によると、冷戦下に明らかに資料の選別をし二大国に分散させたと推測しているが、事実かは不明
    確かにニコライ・メトネルやエミリィ・メトネルに関するプライベートな資料が多く残されている
  4. バージニア大学「アルフレッド・スワン文書」

    アルフレッド・スワンは同じように亡命したロシアの作曲家で、アメリカで活動していた友人
    当然メトネルとの関わりも深く、関連文書が何点か残っている
  5. カナダ国立図書館・アーカイブ「アルフレッド・ラリベルテ文庫」

    スクリャービンの弟子のカナダ人で、スクリャービンに教えられたことをきっかけに北米でロシア音楽のシンパとなり、ラフマニノフを通して北米におけるメトネルの最大の支援者となった
    同じく交流に関する関連文書が残っている
  6. リーズ大学「ロシア人アーカイブ」

    メトネル夫妻やイギリスの友人であるエリック・プレンなどの交流の関連文書が残っている
  7. ロシア国立文学・芸術アーカイブ

    ユルゲンソン社・国立出版所音楽部門の手稿譜コレクションがあり、自筆譜が残されている
  8. ツィンマーマン社のアーカイブ

    亡命後のビジネス相手だったため、手紙が何点か残っている
  9. コンジストルムの個人所有資料

    カナダのピアニストであるナターシャ・コンジストルムがアレクサンドル・メトネルのコレクションをオークションで落とし、所有しているもの
    内容の一部がKonsistorum(2004)に記載されている
  10. マルグリット・デュプレの遺したメモ?

    確認されていないが、髙久暁はデュプレ一族の遺品の中にレッスン資料などが残されている可能性を指摘している

上記資料の分散が先行研究に与えた影響

まず、メトネルの、学者によって書かれた伝記は、以下の4点がある

  1. Dolinskaya(1966)

    ロシア語
    ソ連の音楽学者であるドリンスカヤが書いた伝記で、主にグリンカ記念国立音楽文化博物館所蔵「メトネル文庫」を用いている
    よって、西側の資料はほぼ見れていないといっても過言ではない
  2. Flamm(1995)

    ドイツ語
    ドイツ人の書いた博士論文で、2022年くらいまでは異常に入手難易度が高かったが、最近ではAcademiaで公式にpdfを配っているし(ただし表紙以外は画像ファイルに加工されているのでテキスト読み取りなどはできない)、一応日本にも東京藝術大学に存在する(ちなみに私は物理媒体を個人所有している)
    ただし、髙久暁が指摘しているように、フラムの情報源もまたグリンカ記念国立音楽文化博物館所蔵「メトネル文庫」などであり、西側のメトネル資料はあまり調査できておらず、イギリス時代のメトネルの記述が弱い
  3. Martyn(1995)

    英語
    現時点で唯一新品が買える、イギリスで出版されたメトネルの伝記
    上記2点とは逆に、アペチャンの書簡集と後に大英図書館「エドナ・アイルズ・メトネル・コレクション」となる資料群など西側の情報源の比重が高い
    ただし、亡命後の情報源のみを多く当たった経緯もあって、ニコライ・メトネル、エミリィ・メトネル、アンナ・メトネルの三角関係の記述は明らかに避けられており、エミリィ・メトネルの伝記であるLjunggren(1994)と相互補完する関係となっている
  4. Dolinskaya(2013)

    ロシア語
    と、色々研究が進展した結果、1が増補改訂されたもの
    Karpeyevによるとドリンスカヤや弟子が西側に来て大英図書館「エドナ・アイルズ・メトネル・コレクション」の調査などを行った結果、だいぶ手堅くなっているのだが、髙久暁やKarpeyevほどまだ広範囲の調査ができておらず、ロシア語なのともう新品がないのとで、本自体にアクセスしづらい

と、まあ4点ほどつらつら書いたが、メトネルの資料群が各地に点在した結果、伝記がそれぞれ異なるアーカイブにアクセスして齟齬をきたしているという現状が分かったのではないだろうか。

参考文献

  • 髙久暁(2013)「ニコライ・メトネルの作品の校訂:問題点・原理・方法」日本大学芸術学部紀要第57号、pp49-62
  • Dolinskaya, Elena(1966)「Nikolay Metner」Moscow
  • Dolinskaya, Elena(2013)「Nikolay Metner」Moscow
  • Flamm, Christoph(1995)「Der russische Komponist Nikolaj Metner : Studien und Materialien」Heidelberg
  • Karpeyev, Alexander(2014)「New light on Nikolay Medtner as pianist and teacher : the Edna Iles Medtner Collection (EIMC) at the British Library」London
  • Konsistorum, Natascha(2004)「Der Komponist Nikolai Medtner. Ein Porträt」Berlin
  • Ljunggren, Magnus(1994)「The Russian Mephisto: a study of the life and work of Emilii Medtner」Stockholm
  • Martyn, Barrie(1995)「Nicolas Medtner: His Life and Music」
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