「メトネルは好きかね?」
エレーナ・リヒテル『ネイガウスのピアノ講義――そして回想の名教授』森松晧子訳
「はい」
「君は偉いやつだ!」
Only cool people know me!
そもそもニコライ・メトネルとは?
1880年1月5日(旧暦では1879年12月24日)~1951年11月13日という、71年の生涯を生きた作曲家。
バルトドイツ人系のロシア人実業家の4男坊。ロシア革命後は帰郷の意志は残しつつも、ドイツ→フランス→イギリスに亡命していった。作曲家としては、一般的にはショパンレベルでピアノ曲ばかり書いていたというイメージがあるが、実は3割くらいは歌曲である。作風としては、ブラームスやラフマニノフ以上に、対立する2つ以上の素材を使って、統一的な単一の主題をまとめ上げる感じの存在。リズムが複雑などで難曲も多い人物である。
ただし、はっきり言ってしまうと、当時としても2世代くらい前の音楽性に固執する、かび臭い守旧派扱いなのが、このメトネルである。確かに、ロシア時代はスクリャービンと相争うドイツ派めいた派閥抗争の神輿にされていた。のだが、それ以後はというか、今もなお所詮ラフマニノフのバーター扱いをされているに等しい。
一般的に、そんな彼は、ラフマニノフの伝記にたまに出てくる添え物である。なのだが、なぜか一部では異常に知名度が高い。この理由は、誤解を恐れずに端的に言えば、後世に発掘された。つまり、世界的に1980年代のポストモダンでニューウェーブなワールドミュージックだの過去の遺産だのを音素材としてあちこちでディグって発掘する時代の寵児ということである。
結果、日本でも2000年代初頭には、同人界隈などでも異常に知名度の高い作曲家の一人となったのわけである。
ということで、このサイトでは、2000年代の残滓も既にネットの海に消えて久しい今あえて、メトネルやそれに関係するトピックを取りまとめようという大それた構想で、進めていく。